108.ディエゴ・モリナーリのこと。

2017/04/19

  トスカーナ地方モンタルチーノ町の特級ワイナリーはそのワインをブルネロ・ディ・モンタルチーノと名付け、価格も特級です。その十何軒だかしかないブルネロを作るワイナリー当主の一人と親しく話しました。ディエゴ・モリナーリ氏、60数歳(その時私は55歳程でした)。この小さいながら名だたるワイナリーを買い取ったのは数年前で、それ迄はアリタリア航空のパイロットをしていたそう。きっと誇張も多分にはあるのでしょうが、その買収の動機が面白いのです。「いつも飛行機を操縦していて下界を眺めていたら、この小さなワイナリー(の建物と囲りのぶどう畑)がとても輝いて見えて気になっていた。定年と同時にここに住み着いて、今はいつも上空を飛んでいく飛行機を眺めるのが楽しみなんだ。」上空を通るかつての後輩が分り易いようにと、ちょっと大き目のプール兼池を作ってしまった彼。とても茶目っ気のある人でした。
  ワインを美味しく頂き、近くにとても良いレストランがあるからと案内されました。二つ星のそのレストランの名は「ポッジオ・アンティーコ」、イタリア語で古代の丘という意味だそうです。かのユリウス・カエサルが「賽は投げられた」とルビコン川を渡り、首都ローマに進軍した古街道の近くにあって、荘厳な心持ちで席に付きましたが、出て来た料理がこれ又とても美味。それもそのハズ、食事も終わる頃スーシェフが挨拶に見えたのですが、何と日本人。隠し味にチョッピリ正油等日本の調味料もあったかな、と後で思い知った次第です。
  帰り際に再びモリナーリ氏の処でコーヒーを頂いていたら、猫談義となりました。私もその当時は新潟のワイナリーで30匹程の猫を可愛がっていましたから、その話をしますとモリナーリ夫人が「ちょっと、いらっしゃい」と私を中庭に招きます。中央に高さ10メートルを超す長い下がり枝の松の木があります。松ポックリが20cm程のとても緑で房々した枝振りの樹。ところが良く見るとビックリ。何とその樹に猫が十数匹鈴なりになって、というよりは上手に密生した枝葉の上で日なたぼっこしているのです。夫人の掛け声で彼等が一斉に枝を滑り降りて寄って来る様は実に見ものでした。
  辞去する際にほんの儀礼のつもりで尋ねました。「奥様は何という名前ですか。」「ノラよ。」車に乗り込んで少し走ってから、こらえ切れずに笑いこけました。生きているうちにもう一度会いたい、誠とに愛すべき御夫婦です。