137.ちょっと違ったワイン

2018/04/23

  我がOcciGabi Wineryの試飲カウンターからは、幅10mのガラス窓越しにとても良い景色が臨めます。眼の前の前景としては、芝生の中に噴水の上る池とバラや宿根草の花々。その西洋ガーデンの向うに広がるのは整然と植えられたワイン用のぶどう畑で、これが中景。その畑越しには遠景としての小樽や札幌の山々と大きな空が広がります。
  ヘルマン・ヘッセの「庭作りの愉しみ」に出て来る著者自ずからが作った庭よろしく、遥か遠くの山々の一点をfocal point(造園上の焦点・消失点)にして作り上げた庭ゆえ、試飲カウンターのお客様には肝心のワインよりは、この眺めをこそ味わって欲しいと常々考えている私です。
  そんな自画自賛的な気分に浸っていると、試飲をしているお客様からよくこう言われます。「お宅のワインはとてもぶどうの香りがしますね。」私のみならず、我が社の誰が試飲のお相手(注ぎ役)をしていても、良く言われるそうです。スタッフやお客様への私の説明は次のようになります。
  1974年以来の私自身の学びや経験に照らして申しますと、1980年代以降、ワイン醸造の現場に大量のステンレス製機材が導入されました。特に圧搾機(プレス機)やステンレス密閉型発酵タンクの効果は素晴らしく、それらの機器導入以前に作られたワインとそれ以降、即ち完全密閉で酸化をシャットアウトし、しかもよく冷やすことの出来るステンレス製タンクで作られたワインは丸きり違った味わいのワインとなったのです。要するに空気接触による酸化や発酵熱をそのままにしたために生ずる熱による味や香りの壊変を抑え込むことが出来るようになったのです。以前は酸化や熱ゆえに原料ぶどう本来の味がすべて変質していたのに、味や香りがそのまま残ることとなりました。原料ぶどう由来の香りはアロマと言い、ワインの熟成の過程で産出される香りはブーケーと言って区別しますが、現代ワイン作りでは両者一体となっての香りが求められるようになって来たのです。ステンレスタンク機器導入の最大の成果というべきでしょうか。とにかく、この”Stainless innovation”(ステンレス革命)の影響はとても大きなものです。機器の導入は静かにしかも速やかに世界中のワイナリーで進行して今日に至りました。
  ところが何という皮肉でしょうか。我が国ではこのStainless innovationの時期と輸入濃縮果汁使用全盛の時期が丁度一致してしまったのです。濃縮果汁は海の向こうで強い熱を使って濃縮されますので、その工程で味も香りも大きく損傷を受けてしまいます。失われた本来のぶどうの味・香りは二度と戻って来ません。せっかく優れ者の機器が出現しても、その恩恵に浴することが出来ず、原料作りを殆んどしなかったツケはこんなところにも現れたのです。結果、果物本来の味・香りとワイン化した後に出来る味・香りを併せ持った現代的上級ワインは、我が国では殆んど存在しないということになりました。滑稽ですね。そして涙が出そうな程悲しい話ですね。