139.ワイン法改正余話Ⅰ

2018/08/10

  そもそもワイン製造業というのが日本全国で280軒程の小さな業界であるとともに、インターネットの進歩ゆえ、瞬時にして業界全体を俯瞰することも出来るのでよく分かるのですが、今回の10月本施行の新しいワイン法関連の大混乱は見ていてとても滑稽です。
  当初は、国が今まで長く野放しにして来たのだから、急に業界の大部分が困るような法律は施行されるハズもない、という楽観論が支配的だったようです。作っても必ずや骨抜きのザル法に決まってる、と。ところが所管は泣く子も黙る国税庁。上意下達よろしく、あれよあれよという間に僅か満3年で完全施行の運びとなりました。
  兎に角意志決定の遅いのが、我が国の中小企業です。殆んど「何もしないうち」にではなく、「何も出来ないうちに」その日が来たという表現が適当かも知れません。課題がそれ程重いのです。何がと言って、今迄外国産原料であっても国内でビン詰めさえすれば、「国産ワイン」(イコール自社産ワイン)と銘打って売ることが出来たのに、新法ではすべて不可となるのですから。つき詰めて行くと、新法下の「日本ワイン」として自社ワインを市場に出すには、自社の周りもしくはすぐ近くに大きな面積のワイン用欧州ぶどう畑を経営しなければいけないことになります。日本以外の地球上のすべてのワイナリーが極く普通にやっていることを、何と日本の90%以上のワイナリーがやっていなかったのです。
  結果、空前のワイン用ぶどう苗不足となりました。もっとも従前が殆んど需要のなかった苗木で年に数十万本の市場規模でした。それが年間2~3百万本必要となって注文がどっと創出されたのは良いとしても、日本全国で十数軒しか居ないぶどう苗木製造業者は、その注文に応じる能力がありません。本場ヨーロッパの場合、例えば一つの村の全面積1000haのうち100haを植え替えるとしたら、50万本の苗木が必要となります。欧州の苗木業者は1軒で何百万~何千万本を作る能力を持っているのです。ですから今回の我が国の苗木争奪戦が何やら水溜りの中でのアメンボ騒動の如く見えて来ます。それ程、今迄も現在も我が国での苗木需要量は極少なのです。
  今冬2月1日に札幌国税局が依頼して、日本一の苗木業者たる植原氏が講演した時のこと。聴き手は北海道のワイン製造業者達。彼の講演の締めくくりは痛快でした。「確かに苗木の注文が俄(にわ)かに増えたのは嬉しい。でもねえ、今迄ろくに栽培もしていなかった人が急に植えて育て上げられる程、ぶどう栽培は簡単じゃありませんよ。」直言居士たるこのぶどう栽培の名人が私はとても好きです。
  余談ながら先般合意したEPA(日・EU貿易協定)やら、TPP(環太平洋パートナーシップ)が今回のワイン法大改正の引き金となりました。要するに黒船の圧力(他力本願)によるもので、自浄作用ではなかったのです。