147 .「ワイン作りをする」とは一体どういうことか。

2018/12/28

  何ということでしょう。悲しいニュースです。この余市町から120km程東にある岩見沢市で大変なことが起りました。ワイナリー経営を目指す若い人(39才)が自分の奥さんを殺してしまったのです。興味本位では勿論全くなく、又自分は警察でもありませんから、それらとは異なる視点からこの事件を考えてみました。
  一体、何が彼をそうさせたのか。報道された彼のインスタ映えを意識した一枚の映像があります。自分が飲んだと思われるワインの空ビン数十本が立ち並ぶ棚を背景に、シャンペンの空ビンを頭にのせて悦に入っている彼自身。私なりに読み解くと、「俺ももうすぐこんなワインを作るぞ。皆見てて呉れ!」と言いたいようです。
  彼のことを知っていると思われる何人かに電話してみました。新聞もよく読みました。結果分かったことがあります。7年程前、とにかくワインを作りたい一心で、岩見沢の奥地の余り地勢の良くない土地でぶどう栽培を始めたとのことです。植えて3~4年経った畑から収穫したぶどうを、この3年間は近くのワイン醸造所でワインにして貰っていたそうです。今年の秋の仕込み量が300kgとのことですから、上手に作ってワイン300本分です。今年が300kgということは昨年は150kg、一昨年は50kgだったのでしょうか。一本を何円で売ったかは分からないとしても、平均的に見て2000円ならば、今年分の収入(未だ売れませんが)は60万円。いわゆる醸造委託手数料が一本当り1200円としますと、1200円x300=36万円を差し引いて、予想実収入は来年夏頃で24万円となります。同様に今夏の収入は12万円、昨夏の収入は6万円と計算されます。
  一方、出費の方は、当初スタート時点で土地代金、苗木代金、杭やアンカー・針金の資材費等々に色々かかったハズです。トラクターも必要ですし、毎年の営農費もバカになりません。奥さんがパートにでも出掛けて、親子3人の家計を支えていたのでしょう。それにしても、肝心の本業たるワインの収入が殆んどゼロに等しいまま、7年も生活が続いたら果してどうなるのでしょう。
  一般に新規に農業を始める人には、国から低利の貸付けが行われ、返済も最初の3~5年は猶予して呉れる制度があるとはいえ、一昨年か昨年から本返済が始まり、かなり行き詰まっていたと思われます。本来ならここで自己破産宣告でしょうが、かの映像にあった如く、「立派なワイナリーのオーナーになる」という強い願望を捨て切れずにいたのでしょうか。これからワイナリー棟を建て、醸造の設備も揃えてとなると、それには新たな投資資金が、しかもとても大きな資金が必要となって、気の遠くなる話なのに・・・。
  積雪量や土壌の違い等で、ここ余市に較べて栽培上大きなハンディキャップを負う地帯でのことです。ワインぶどう栽培のノウハウも無く、更にはワイン醸造のための正確な知識や展望も無い状態の青年に、ワイン作りを強く決意させたのは一体何なのでしょう。
  単にぶどうを少し植えただけで、ワイン作りをしていると囃し立てた周囲の人々に、全く責任は無かったと言い切れるのでしょうか。又「醸造は私がやってあげます」とかなりの金額を要求した委託醸造引受者は、考えようによっては、こんな切羽詰まった人々を喰い物にしていたようにも思えます。決してこの青年一家が大成しないことは分かっていたのですから。ともあれ、「俺はワイン作りで名を成す」という姿勢の若い人がとても多い、我が余市町も他山の石とすべき大きな事件です。
  そろそろ「気軽にワイン作りをしましょう」のワイン特区制度も見直しの時期かも知れません。かと言って面白いもので、「俺は大金持ちだから、立派なワイナリーを作って見せる」と豪語しながら始めて、何年経っても足踏み状態の御仁も居たりして、どの様にすれば成功するのかの定石は無いのも事実です。
  先日(12/21?)民放TVに青森の「奇跡のりんご」のオジさんが出ていました。案の定、彼のりんご畑は黒星病にやられて崩壊寸前とのこと。(実際の映像では完全に崩壊していました)。本人曰く、次は「奇跡のオカユ」だそうです。面白い人ですね。
  新規就農者が陥り易い魔術に「完全無農薬・完全有機栽培」があります。聞こえは良いのですが、ワインぶどう栽培の場合、かなり雨量も多く湿潤な我が国の気象下では、これが限りなく不可能なことも知っておくべきです。
  以上、今後似たような悲劇を繰り返さないために、と書きました。