154.食用ぶどうでのワイン作りⅠ

2019/02/19

  このFacebookのお友達から次の様な質問が参りましたので、今回はその返事として一文を書きます。

質問は:「自分の中でもやもやしていることがありましてご意見いただきたいのですが、なぜ日本ではデラウェア、巨峰、ナイアガラ、ベリーAといったブドウでワインをつくるんでしょうか?原料調達が便利と言う理由でしょうか?このようなブドウでワインをつくっているうちは日本ワインの進歩はないとおもってしかたないんです。自分に自信がないのでこの意見は発言できません。間違ってるでしょうか?百歩ゆずってベリーA,ナイアガラは許せますがデラウェアはゆるせません。巨峰、コンコードも。デラウェアのスパーリングは苦みすらかんじます。ご多忙のところ失礼承知でお許しください
加えて補糖はやむをえないものでしょうか」

  私の意見を申します。貴兄のおっしゃる食用ぶどうの一群は、殆んどが植物分類学上ヴィティス・ラブルスカ(vitis labrusca)という種(しゅ。分類学上の言葉)の合衆国東部原産のもので、ワイン作りには全く適していません。理由は「狐臭」(こしゅう。狐のフンの臭いとまで酷評されるワインに不適切な異臭のこと)というこれら一族の果実香にあります。この狐臭はワインが作り立ての時はそれ程でなくても、長期の(2年~30年の)ビン内熟成によって気持ち悪い味と香りに変化するため、ワイン作りの世界では忌み嫌われています。実際地球上の殆んどすべての地域ではワイン作りのためには欧州原産(といっても本当の出発点はコーカサス南部からカスピ海や小アジアにかけての一帯です)のヴィティス・ヴィニフェラ(vitis vinifera)という種(しゅ)のぶどうのみを原料としています。美しいワイナリーのぶどう畑の写真を見ると、とても小さいぶどうの樹を丸で茶畑のような、低い生け垣を作るように栽培していますが、これには理由があります。上述食用ぶどうは房を大きく粒も大きくが目標ですから日本中何処でも棚仕立てという方法で栽培します。それに対してワインの原料となるヴィニフェラ種のぶどう(ピノ・ノワール、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニョン等々御存知のワイン原料用ぶどう)はより凝縮された味わいとより高い糖度(食べるぶどうの1.5~2倍)を得るために、元来が食用ぶどうに較べて房も粒も極小なのです。そして栽培方法も食用ぶどうの何十倍もの密度で植えるため、隣り同志がお互いに混み合い、根は地中深く入り込んで複雑なミネラル養分を吸収します。ですから、どちらが良いぶどう悪いぶどうということではなく、食用のラブルスカとワイン用のヴィニフェラは目的と栽培方法が全く違った作物と考えるべきなのです。
  では何故ワイン作りには適していない食用ぶどうの一群がワイン作りの現場に登場するのでしょうか。理由は幾つかありますので説明しますと、
① ワイン用ヴィニフェラ種のぶどうは果皮が薄く病原菌や害虫に侵され易くて栽培が難しいために、昭和30~40年代の日本では基本的に存在せず、代用品として周囲にあった食用ぶどうが初期のワイン作りには用いられました。この時期は飲み手(消費者)の方もワインを殆んど知らず、その程度の「ワインもどき」で十分通用したのでしょう。
② しかし昭和40年代に北海道の或る自治体が輸入ワインを丸々日本でビン詰めして、国産ワイン・村おこしワインとして世に出し大成功を収めてから様相が変わります。日本中のワインメーカーがそれに追随し、何も栽培の難しい欧州のヴィニフェラ種ぶどうを栽培しなくてもよいとなったのです。そして何回かのワインブームを経て、ワインはワイン専用ぶどう(ヴィニフェラ種)から作られるということを知っている、ソムリエという一群の人々がこの世(日本)に登場します。面白いことにこの人々はワインには滅法物知りな割に、ワインの原料ぶどうそのものやその栽培法には余り興味を持たない人々でした。人の善い人々が多かったせいもあって、意地悪く面積と収穫量の比較計算をして相手を困らせるソムリエも現れませんでした。その結果国内のメーカーは周囲の食用ぶどうを訪ね来るお客に見せて、せっせと輸入原料(ワインそのものか濃縮果汁)で作ったワインを自社ワインとして売っていたのです。「甲州」「マスカット・ベリーA」「ブラック・クィーン」そして貴兄の掲げる食用ぶどう群を見せてです。厳密にいうと「甲州」「マスカットベリーA」「ブラック・クイーン」等は純然たるラブルスカでもはたまた純粋のヴィニフェラでもありません。「甲州」にはヴィニフェラの血が大きく流れているという説もありますが、私は矢張りこのぶどうはワイン作りには不向きだと考えます。何故と言って大粒で味や香りが非常に薄いからです。他の二者はラブルスカの血を引いています。香りを嗅げば一目瞭然です。
③ EPA(日欧経済連携協定)やTPP(環太平洋連携協定)の発効が間近かに迫った2018年10月30日より上述の偽装国産ワインは法律上作れなくなりました。かといってヴィニフェラ種ぶどうの本格大量栽培は急に出来ませんし、よく考えて見れば分かることですが、一度超簡便法(というかインチキ)を覚えた人間は決して真(ま)人間には戻れません。結果本当に渋々周囲の食用ぶどう100%でワイン作りを始めたアホなメーカーが沢山出て来ました。そうです。新しい法律ではマズイ食用ぶどうで作っても「日本ワイン」なのです。
そのようにして作られたワインは、皮肉なことに輸入原料由来のかつての『国産ワイン』に較べて、味わいの上では格段に美味しくない結果となりました。ラブルスカとヴィニフェラの大いなる違いがここに表れています。2019年2月1日からはEPAゆえ欧州系のワインが軒並み1割程安く(無関税で)入って来て、それを変な味わいの「日本ワイン」で迎え打つのですから、竹槍でミサイルと戦うが如しで、その結果は見えています。消費者の皆さんが「日本ワインは美味しくないワイン」と思うようになり、「日本ワイン・冬の時代」が始まることになりそうです。