158.ウィスキーよ、お前もか。

2019/04/11

  今から2~30年前にイギリスで活躍したディック・フランシスという推理小説作家。主に競馬を軸にストーリーを展開したので、競馬ファンの読者が多かったようです。私は幸いにも競馬にはノータッチの人生を歩みましたから、彼の著作は本来縁遠い作品群であるべきなのに、競馬好きの友人がこの一作だけはワイン作りをしている私にとって面白いから、と奨めて呉れたのが“The Proof”(日本名は「証拠」)という長編でした。
  スコッチ・ウィスキーの本場英国に於けるウィスキー業界の裏話が詳しく語られていて、肝心の殺人事件の筋書きは全く忘れてしまったものの、何かを知り得たという読後感が確実にありました。当時世に名高き商標であったオールド・パーの製造・流通に於ける醜聞を実名を挙げて書き連ねてありましたので、実に爽快な思いで読み進めたのを今でも覚えています。我が国ワイン作りのデタラメな状況にブツクサ言っていた私ですから、「へぇえ、ウィスキー業界も凄いんだなあ」と思った次第です。
  この小説のタイトルであるproofが、ちょっと英語通の人ならば二つの意味を持つことはご存知でしょう。「証拠」と「アルコール度数」です。そしてこの推理小説の内容もその二つを掛けています。話が話ですから、読みながらちょっと本場風にウィスキーをチェイサー(後追い水)で飲んでみたものです。そこで或ることに気付きました。
  どうして我が国ではウィスキーという酒を水で5~6倍に薄めて飲むのだろうか。せっかく樽で7年12年と寝かせて味を詰めるべく(濃厚にすべく)手間ヒマかけて作った酒を、いくら生(き)のままだと胃にも他の消化器官にも悪いからとはいえ、何故水でなんか割って飲むのだろうか。自分が熟成型の酒であるワイン作りをしているからなのでしょうか。水などで割ってしまったら、ウィスキー本来の味の良さが丸切り消えてしまうではないか、と思ったのです。
  それに重要なことがもうひとつ。もしウィスキーを水で割って飲むという方式が本筋であるのなら、作られるウィスキーは5~6倍の水で薄められることを前提にした味付けになっているに違いない、と。変な話です。海の向こうではスコットランドでもアイルランドでもテネシーでもカナダでも、そんな想定では作られていないのにです。5~6倍の水で割った時にこそ美味しいと感じる原液には、ですから濃縮ダシの素みたいに濃い旨ま味でも加えるのかしら。私の考えはそこにまで及びました。