18.「ビオディナミ農法とワインⅡ」

2015/06/19

 近代の叡智を捨てての復古主義たるビオ・ディナミ運動も、一体どこまで戻るのかで幾多の流派が生まれました。中世的占星術の世界にまで行き着いたものさえありますが、ワイン作りの世界ではせいぜい酵母の発見前夜まで、ということになっているようです。決して、岩の窪みに置いたぶどうが潰れてワインになったといったようなサル酒伝説までは遡りません。
 ワイン作りそのものは地中海周辺の地域で紀元前から行われていたのに、ワイン酵母が介在してこそワインが出来ると分ったのは19世紀後半のこと。狂犬病の予防ワクチンや食品(特にワイン)の低温殺菌法も開発した、フランスのルイ・パスツ-ルによるものです。同時代に隣国ドイツで活躍したロベルト・コッホと共に「近代細菌学の祖」と仰がれる二人ですが、酵母といわゆる「パスツール殺菌法」に関わったパスツールをワイン醸造学の世界では偉人として扱います。両者の特に医学に於ける功績は、それに先立つ顕微鏡の発明者レーウェンフックの尽力に負う、という具合に偉業は偉業を呼ぶという連鎖がここにもあり、人類の歴史の面白いところです。
 さて、パスツールがワイン酵母の有用性を知り、しかもその酵母が畑の土やぶどうの葉や果実の皮に付着していることまで突き止めても、数多い異なる酵母群の中から優良なものを選りすぐり、それを人工的に純粋培養して、しかも真空パック保存して必要な時は瞬時に取り出して使用する。そこに辿り着くまで百数十年を要し、現代に至りました。「純粋培養酵母」と呼ばれて、世界中のワイン醸造家が保有しています。ビオ・ディナミを唱えて果実の皮由来の「天然酵母」しか使わない、と標榜する醸造家に限って「純粋培養酵母」を必ずや所持している、という説まであります。無抵抗主義者が銃を隠し持つのと一緒です。相手が本気で攻めて来たら、こちらも発砲すると。天然酵母がうまく活動しない時は昔のように果汁が腐るのに任せず、積極的かつ大量に培養酵母を投入するのだそうです。分かりますか。元来、培養酵母自体、何やら違った物質から合成したものではなく、天然の優良なものを培養したものなのですから、初めから天然酵母を用いない方が雑菌も繁殖せず良いワインが出来る理屈なのです。
 事程左様にビオ・ディナミの運動は往々にして為に成すものが多いのが現状です。資金をかけられなくて貧弱な設備だから「おしん」を装って同情を買う類いが本当に多い。畑の土を口に含んでワインの味を予想したり、ぶどうの木をつかんで揺すって、「おいお前にはどんな養分が足りないんだ」と叫ぶ。マンガそのものです。こんなことで世のワインファンを胡麻化せると思っていること自体、非常に怪しいと思います。