23.「ワインブームの話Ⅱ」

2015/06/21

 「ボージョレ・ヌーボー・ブーム」が沈静化したと思ったら、「赤ワイン・ブーム」がやって参りました。20世紀末だったと思います。要するに赤ワインを飲むと、その含有成分のポリフェノールの働きゆえに健康で長生きするというのです。赤ワインを飲むと美人になる、みたいな論法も横行しました。その頃、私が新潟の「カーブドッチ・ワイナリー」の試飲カウンターに居ると、女性のお客様が次々と「とにかく赤ワイン下さい」といった感じでやって来ました。日本の人が、しかも女性層が好んで赤ワインを口にする日がこんなに早く来るとは思ってもいなかった私です。何故なら、香りはフルーティーじゃないし、渋味も強く、グラスもテーブルも服も汚れるし、それに一般に高級な赤ワインは非常に高価だからです。
 かつて41年前、1974年1月の或る日のこと。西ドイツ留学も迫り、自宅で母と二人で送別会を開きました。何と言っても生まれて初めての、しかも永い外遊ですから、かなり真剣にその席に臨みました。月給の1/4程度、3900円のボルドーのシャトー物を札幌三越の地下売場から買って来ました。ワイングラスが常備されている家なんて滅多にない頃の話ですから、酒屋さんがタダで呉れるビールのコップに注ぎました。「乾杯!」と双方ともひと口飲んだところで絶句。ややあって母が「お前、これ変な味だね。もしかして腐っているかもね。」
 満3年後、ドイツより帰って来ると、飲み残しのビンに栓をしてそのワインは保存してありましたものの、中身は勿論カビが生えていました。ラベルを見てそのワインがどの程度のものなのかという知識はもう備わっていた私です。一滴もワインを飲んだことのない人間が、ヨーロッパで丸3年間ワインを沢山飲み、肉料理をいっぱい食べたのですから、「あゝ本当にもったいないことをした」と思ったものです。人が成長して、初めてカベルネ・ソーヴィニョンのワインを口にしたとき、「美味しい!」と言うことはまずないでしょう。顔をしかめて正常というものです。
 それなのに、香りの良い白ワインファンが多かったハズの女性達が、しかも若い人達が気軽にタンニンの渋味の強いワインを口にします。ちょっとした高級レストランのテーブルにも、通りからのぞく「俺のフレンチ」のテーブルにも、女性同士であっても、立ち飲みであっても、自然に赤ワインのビンが立っている。結構、渋目で高価そうなものも多いのですから、これはどうなっているのでしょうか。
 一説には、ワインが生産過剰になって、世界中の、とりわけフランスのワイン蔵が満杯になった20世紀末に、本当なのかデマなのか、或る学者がワイナリー経営者救済のために考え出したのが、ポリフェノール学説とか。しかし、この全世界的・人為的ブームは今や単なるブームではなくなりつつあります。確かに美味しい。ワインの作り手の観点から申しましても、複雑で重い味わいを追求する方向に進んでいるのですから、作り甲斐のある時代になって来たように思えます。William Shakespeare : “Give me a bowl of wine, that I bury all unkindness” (「ワインを一杯おくれ、そうすりゃイヤなことみんな忘れるさ。」)