163.山のあなたの空遠く(続編)
2019/06/23
4月のよく晴れた日に30才前後の夫君ドイツ人、奥様日本人のカップルが来訪しました。現在はドイツの南部ミュンヘン市郊外に住んでいるそうで、ご主人がターボエンジン技術の会社勤務、そして奥様は日本でも知る人ぞ知る漫画家とか。奥様はネットで私のことを知り、彼女の描くマンガのタネにと取材方々いらしたとのことです。しかし今回の本題は夫君たるNikolas Weith(ヴァイト)氏のこと。
テラスの特別席でコーヒーを御馳走し、遥か東方の青空にくっきりと浮かぶ我がモン・ブラン(余市岳)の話をしました。「もしかして、貴方はカール・ブッセという詩人を知っていますか」と私。Ja(yes)が0.1%、Nein(no)が99.9%くらいと思いながら尋ねたものですから、彼が即座に「Ya, natuerich.(ヤア、ナチューリッヒ)ええ、勿論」と答えた時は心が躍りました。
Ueber den Bergen weit zu wandern,
Sagen die Leute wohnt das Glueck.
Ach, und ich ging im Sehwarme der andern,
kam mit verweinten Augen zurueck.
Ueber den Bergen weit weit drueben,
Sagen die Leute wohnt das Glueck.
上田敏の訳は更に名調子で
山の彼方(あなた)の空遠く、
幸(さいわい)住むと人のいふ。
嗚呼、吾ひとと尋(と)め往きて、
涙さしぐみ還りきむ。
山の彼方(あなた)のなほ遠く、
幸(さいわい)住むと人のいふ。
自分の苗字であるWeithと同音、そして同義であろうweitという文字が三度も強勢に発音されるこの詩は、きっとWeith家の愛誦詩なのでしょう。私でさえ55年前に高校で教えられたこの詩を、ずっと心に留どめているくらいですから。因みにweitとは英語のfarに当たりますが、ドイツ語では副詞的にも使われます。
奥様の面白い取材の結果がどういう形になるものか、全然分かりません。旦那とばかり楽しく話し合っていたので、嫌われてボツになるかもですが、それにしても「カンブリア宮殿」出演で男を上げて、次に「新婚さんいらっしゃい」で俗下がりして、今度は漫画でコケにされるのか、と。きっと機智に富んだ親友の奥さんが、「いや、まだまだあるわよ。オチは元気で長生きしそうだもの。」と言うかも。