132.怪しげなワインおじさん

2018/03/03

  現代のベートーヴェンともいうべき盲目の天才作曲家サムラゴーチ氏のこと、まだ覚えていらっしゃいますか。あのスキャンダルは確か4年前のことでした。何かと話題豊富な現代に暮らしていると、人々は、そして仕掛ける方もちょっと前のことをすぐ忘れるのでしょうか。又々とても似たストーリーのドキュメンタリー風映像が流れていました。この2月上旬、放送したのはこれも再び天下のNHK。
  ストーリーは要約するとこうです。日本の飲食業界で働いていた青年が、両親の離婚やら父親の背負った返済不能な8000万円の連帯保証支払金に嫌気がさして、フランスはブルゴーニュにやってきてワイン作りをする決心をしたそうな。映像で見る限り、面積的には0.2ha~0.3ha(600-900坪)のとても小さい畑を手に入れた(借りた)ようですが、植え付けたのが100年以上も前のことで、あちこちが枯れて抜け落ちた形のいわゆる耕作放棄寸前畑。ぶどうがアリゴテという白の多産系・現代人非認知型の古い品種。地面を這いつくばって畑の草をむしり、欠けた株のところは隣の木から「取り木」すべく青芽の枝を地面に突き刺して行きます。ストーリー制作上、この辺りで有為の青年に天の試練が待ち受けているかなと思ったら、案の定、大粒の雹(ひょう)が降って来てぶどうの青い果粒はあちこちに大きな裂傷を負います。より自然にを標榜している以上、農薬は使えないとばかりに、赤ん坊のオムツかぶれに使うタルカム・パウダーを水に溶いてぶどうに噴霧します。その時出て来る機械が大変立派な大型の農薬スプレーヤー。背負いの噴霧器ではないところに大いなる違和感があります。さて、収穫の秋。傷んだ実は回復したものの(ホントかな、あり得ない)、色着きが悪く(えっ白のアリゴテが何でここで何の断りもなく黒ぶどうに変わってしまったの)いつ収穫するか迷っています。日本人ではない東洋人(韓国の人?)の奥様が「早く収穫しなさい、腐るわよ」と仏語でせっつき、彼がまだだといって悩む構図はこのストーリーの最大の見せどころ。結局「これはロゼにしよう」といって収穫し、小さな木樽とゴム・チューブだけの非近代的な設備でおいしいロゼが出来上がりかかるところで終わります。(主人公の青年がこの10何年間、どこのワイナリーでぶどう栽培とワイン作りを教えて貰ったのかの放映や説明は一切ありませんでした。不思議です。)
  現在のフランス・ブルゴーニュに外国の青年が出掛けて行って、ぶどう作りとワイン作りをすることが許されているのかどうか私はよく知りません。又、「取り木」という方法での増植(増殖)は、フィロキセラという害虫予防のため確か国法で禁止されていると思います。更に、ブルゴーニュの華たるピノ・ノワール、ピノ・ブラン、シャルドネならいざ知らず、いくら老木とはいえ、アリゴテの如き品種で良いワインを作ろうと発想する人がいるでしょうか。そして何といっても、追いかけていたぶどうが何の説明もなく、いつの間にか白ぶどうから黒ぶどうに変わるというのはどうしたものでしょうか。その黒ぶどうの品種名も出て来ません。それとも、このドキュメンタリー・タッチのフィルムは上手に書かれたシナリオを下敷きにしたフィクションでしょうか。最初にそう断って呉れれば、綾瀬はるかの「精霊の守り人」でも観るつもりで楽しく観られたのに。
  きっとかなりの確率で、実情を知っている我が国のワインファンやフランス大使館から私の数十倍のクレームが届いていることでしょう。「我が国のワイン作りを安物ショーにしないでくれ。品格が落ちる」と。
以前(10年以上前)「プロジェクトX」で北海道の或る自治体のニセ・ワイン作りを大々的に歴史的偉業として放映したのを観て私は大笑いしたものです。又、確か1年程前にも、北海道の或る女性醸造家が出て来て、発酵時初期の香りを鼻でかぐだけで、そのワインのすべてが解るとバカをやっていましたが、兎に角我らがNHKはどうしてワインのことを知っている人なら決して陥らないワナにはまるのでしょうか。安っぽい演出に趣向を凝らすことばかりしないで、もっと勉強したほうがよいでしょう。民放のようにお笑いタレントを使って笑いとばすということが出来ない分、自縄自縛に陥って三流マンガ的ストーリーに堕すのでしょうか。In vino veritas(ワインには真実を)というくらいですから、報道と同様に真実ひと筋でやって頂きたいと思います。