134.怪しげなる評論家が次々と

2018/04/05

  先日、我が余市町でワイン用ぶどうを栽培している人々を対象に、本州から講師を招いての特別講演会が開かれました。演題は「海外におけるワインぶどう栽培の取り組み」。6haものワイン用ブドウを栽培している私も、勿論出席して最前列で聴講しました。
  非常に細かい英文・仏文で書かれた資料を約80枚次々とプロジェクターで写し出し、物凄い早さで喋ります。講師のK女史とは10数年来何度か会って話もしています。彼女が国内の高名な大学卒で大手食品会社に勤務した後、食品評論家として活動し、6~7年前からは自然派ワイン作りをする青年達の守護神として活躍しているのは知っていました。彼女の話の主な内容は、
◎日本の湿潤な気候は合衆国東部内陸部のヴァージニア州と似ているから、そこが進めているフレンチ・ハイブリッドの品種を鋭意研究すべきである。
◎フランスは全国規模で自然派ワイン作りが台頭しており、我が国も考えるべき。
◎今後、収穫量をより少なく、ぶどうの糖度もより低くを目標にし、出来上がるワインもアルコール分を旧来の12~3%から10%前後に下げる運動が始まっている。
何と何と、単なる評論家が口にすべきことを見事に逸脱した学術的大命題の提示となりました。
質疑応答の時に私は手を挙げて尋きました。「貴女は非常に専門的な見地から大胆な説を展開されましたが、一体ご自分でワインぶどう栽培とワイン醸造の経験はおありですか。」彼女が答えて、「そういう話は後程ネットでやり取りしましょう。」「いえ、ここで今答えて下さい。今日ここに居る約50名の聴衆の過半は、余市町でこの30年程ワインぶどうを大規模に栽培してきた人々です。貴方の説を信じて、もし結果が出なかった時の責任を貴女は負いますか。さあ答えて下さい。」「私は栽培も醸造も一切経験がありません。」「そんな実践の素人がこんな重大なことを言うべきではありません。」会場に拍手が起こったり大きなため息が聞こえたように感じたのは、単に私の空耳でしょうか。
ワイン作りの世界に生きている私には、嫌いな評論家が世界に3人居ます。ヒュー・ジョンソン、ロバート・パーカー、ジャンシス・ロビンソンです。みんなアングロ・サクソン系の人なのが面白いところです。自分の国ではまだそれ程のワインを作ってもいないのに、一丁前の評論で他国のワインをなで切りにします。(R.パーカーの活躍した1980~2000年代はまだ合衆国のワインの地位は確立されていませんでした。)パーカー氏に至っては100点法で他人のワインに次々と点数をつけて歩いて、自尊心の低い醸造家達を虜にし、一大オカルト教祖様を気取りましたものの、自分独りで手が廻らず、外注よろしく子分達に味見させているのが判明し、人気は凋落してしまいした。荒稼ぎの祟りでドラエモンの如く肥満したのはご愛嬌でしょう。
さて、ロビンソン女史です。この御人は丁寧なことに、先ず先輩のR.パーカー批判から始めました。アンタが持て囃すものだから世界中の赤ワインがより渋く、より濃く、より重くなってしまったと。人々は現在それにアキアキして、より軽いワインを求めている、と続きます。私自身のFacebook No.17・18にも書きました「ビオ・ディナミ理論」に基くワインづくりを彼女は是とします。新しい教祖の出現です。先日の日経新聞で彼女はぶどう畑を馬で耕している作り手を絶賛していました。どうしてこうも極端から極端へと振り子は振れるのでしょうか。世はITの時代ですから目立つことが第一なのでしょう、きっと。
彼女が推奨する、ぶどうを未熟な糖度も低い実の状態で収穫して、酸は強めでアルコール度数も10%以下にしたワイン作り。その作り方が世界をリードするなんて、トンデモオバサンの説をこれから10年程あちこちで見掛けなければならないのかと思うとゲンナリします。冒頭の日本のK女史の説は、そういえばこのロビンソン女史説の丸々のパクリかしら、と思ったりもします。
ワイン作りが隆盛の国たる仏・伊・西・独あたりに「知ったか振り評論家」が殆ど出て来ないのは、誇り高いワインの作り手がその辺にウヨウヨ居るからでしょう。原料であるぶどうの栽培、ワインの醸造、そしてホスピタリティー溢れる個別販売と、独りですべてをやり繰りする、非常に実践的な分野であるワイン作りの世界では、興味本位に素人評論家が手を出すとヤケドをするのです。
私の予想ですが、今後ロビンソン女史を持ち上げて騒ぐのは、これも怪し気な「自然派」を名乗る日本国内の小さなワイナリーの当主とその取り巻きの人々でしょう。「完全無農薬」、果皮に付着している「天然酵母使用」、醸造時に使用する「酸化防止剤無添加」(これは最近では「最少限度使用」に変更)と言いながら、実は何でもやっている輩です。濁ったワイン作りをしている人々と言った方が分かり易いかも知れません。きっと数年以内に日本でも馬で耕すお兄さんが出現しそうな気もします。とにかく、乗りの軽いのが新運動の信者の特徴です。外国産濃縮果汁や外国産ワインに依存した変な「国産ワイン」作りが新法で駆逐されたと思ったら、今度は古代ワイン製法ですか。消費者は振り廻されるのでしょうか、我が国税庁や保健所は厳しく取り締まることでしょう。