177.ワイン作りの伝導師フランスより来たる?

2020/2/15

  昨年9月と此の正月、放送はNHKながら画面に出てくる人々を見ると、制作の陰の仕掛け人は北海道庁と思われる映像が流れました。或るフランス人が異常気象ゆえワイン作りの聖地ブルゴーニュを捨てて、世界中を捜した揚げ句やっと見つけたこの世の理想の地・函館にやって来たというストーリーです。その名はエチエンヌ・ドゥ・モンティーユ氏。
この人物とは私自身2017年1月下旬にメールのやり取りをして、手元にその文面が残っています。その内容を手短かに記しますと、(原文は英語です)
  [2017.1.22]私、 「netで貴殿の計画を知り、未だお会いしたこともありませんが、いくつか助言させて頂きます。計画されている函館地区(及び渡島半島全域)はぶどう栽培にとっては不適切地です。半島の両サイドを異なる海流が流れている為、特にぶどう開花期の6月には霧が発生し、受粉・受精を大きく妨げます。1980年代に函館ワイン(株)や現富岡ワイン(かってのヒグマワイン)がぶどう栽培に於いて苦い経験をしております。又、雪が殆んど無い北海道南部地方が良いというのも考えものです。何故なら一定程度の積雪はぶどうの木を覆う外套(がいとう)となり、冬芽を保護して呉れるからです。ともかく一度直接会ってお話しませんか。」
  [2017.1.26]モンティーユ氏、 「メールありがとうございます。現段階では何も確定しておらず、調査・研究の段階です。しかし私共は本心から北海道でピノ・ノワール計画を推進するつもりです。余市には土地がもう無いということで、函館に行き着きました。北海道の人々からどれ程多くの援助を受けているか書き尽くせませんが、是非一度余市かブルゴーニュでお会いしましょう。」
  [2017.1.26]モンティーユ氏に返して私、 「余市に土地が無いわけではありません。現在の畑地の外側には原野がありますから、そこを造成するという方法もあります。それと近い将来、2百万人の札幌と1千3百万人の東京からの来客のことを考えるべきで、余市の方が函館より有利です。私の大学の先輩でパリ在住の坂口氏のことはご存知だと思いますので、彼に私がどのような人間かお尋ね下さい。私共(余市の)レストランにご招待しますので、日程が決まりましたらお知らせください。」
  とここまで丁度3年前の私と彼の交信は続きましたが、そこでプッツリと通信は途絶えてしまいました。私もちょっと気になり、北海道新聞社函館支局の知り合いに、現地のプロジェクトの進み具合を照会しました。そこで判明したことは実に意外なことでした。モンティーユ氏は私との交信直前の2017年1月5日に函館市役所を訪れ、すべてのプロジェクトを確定させていたのです。しかも土地の提供や公的支援金を得る形で。端的に言って、モンティーユ氏は何らかの理由で嘘をついていたことになります。
面白いもので、私共のワイナリーには誇張でも何でもなく世界中のワイナリー経営者が訪ね来ます。勿論、世界のワイン大国フランスからも。
  2018年夏私共のワイナリーに、フランスはロアール地方のシノン城近くで20ha程のワイナリーを経営する夫婦が訪ね来ました。一応実名は伏せます。そのフランス人にモンティーユ氏のことを尋ねたら、「あゝ、あの人はお父さんが銀行家で本人は不動産屋さんですよ。ワイナリーを買収して事業を企む人です。」と批判的な評価。又、同年秋の10月にはオランド大統領政権下で首相を務めた(そしてナント市のワイナリーの当主でもある)ジャン・マルク=エロー氏が在日フランス大使館員15名を引き連れて我社を訪問しました。彼に同じ質問をぶつけました。一級の外交官たるエロー氏は勿論愛国心も旺盛ですから、「ええ、それはねぇ」と確答を避け、上手に話を他に転じました。かつて西独の大学で勉強していたエロー氏と私の会話は、私の得意なドイツ語でしたから、その微妙なニュアンスはよく伝わって来ました。どちらにしても、かように同業の同国人から、好意的な意見は全く出て来なかったのです。
  肝心の映像を見ても、荒れた草原を三筋20m程耕作して、ピノ・ノワールの苗木を4~50本植えて、世界一のワインを作ると豪語するのですから、ワイン作りの世界で生きているまともな人々からは冷ややかな眼で見られていることでしょう。本当にワインを作りたい、又はその為の試験栽培をしたいと言うのでしたら、何百本どころか数千本単位で取り組むべきです。前北海道知事はじめ北海道庁のお偉いさん達が、簡単にコロッと引っ懸りそうな仕掛けです。もっとも答えは3~4年後にはっきり出ます。本人は1円も負担していないようですから、割合早く逃げ出してしまうかもしれませんが…。
  周囲の人間と公的な(もしくは大きな)お金を動かして、揚げ句はグシャグシャの結末を迎える。ついカルロス・ゴーン氏の大事件や「キタデミー事件」のことを連想します。
  北海道以外に在住の方々に説明しますと、「キタデミー賞」事件とは北海道庁が企画した開基150年記念表彰イベントで、決算額が予算額の10倍近くに膨らんだ為、道庁と委託を受けたプロデューサーとの間で訴訟沙汰にまで発展した事件です。とにかく、かつては「北海道ショパン・コンクール」とか「夕張国際映画祭」、「北海道ミシュラン」等々この手のイベントを考え付く輩の多いのが北海道です。「キタデミー」の名前の由来は説明不要でしょう。要するに駄ジャレ的イベントで、駄ジャレにはオリジナリティーも無く、本当の効果など期待する方がおかしいのです。
  決して偏狭な島国根性で申し上げる訳ではありませんが、ニコッと微笑む青い眼の伝導者は常に要注意です。