65.「日本ワイン」①混迷の時代の始まり

2016/03/17

 昨年10月に施行された新ワイン表示法。泰平の眠りを覚ます何とやら・・・でしょうか、今まさに我国ではワインの新時代が始まろうとしています。勿論維新前夜の幕末期の如く、庶民はと言っては失礼ですが、一般のワインファンの多くはこの事態の到来を殆んど知らず、それどころか肝心要のワイン製造業界内でさえ、自分に都合良く解釈している人の多いのが現状です。曰く、きっと政府は悪いようにはしないし抜け道も用意して呉れるさ。曰く、こんな厳しい法律なんて業界が一丸となって骨抜きに出来るさ。と同時にこんな声も聞こえて来そうです。「本当にこのまま猶予期間の2年半が過ぎたら、うちの会社はどうなってしますのだろう。」「元々ワイン用ぶどう栽培になんか興味は無いのだから、転業しようかな。」「何でも北海道の余市地区に手頃で広大な耕地があるらしい。会社ごと引っ越そうか。」
 上述はすべて私の想像です。実際は、現在奇妙な程ワイン業界が沈黙しています。口を閉ざして左右をキョロキョロといった案配なのです。そしていわゆるワイン評論家の人々もこの表示法の件には触れようとしません。業界のバッシングを受けたくないから、というのは私の単なる邪推でしょうか。昨年5月から10月迄のあの喧騒とも言える程の議論は一体何処に行ってしまったのでしょう。無気味です。
 とはいえ、国内に十軒前後しかないワイン用ぶどうの苗木業者が悲鳴をあげているのも事実。実際に現場の意見を聞くべく、この一ヶ月間に甲府と山形県長井市に各々2日間行って来ました。構造斜陽業界であった苗木製造の世界。業者の人達は、口を揃えて何年も先までの注文で一杯だと証言しました。丸で枯れ木に急に花が咲いた状態だと。
 そうです。今回の新しい表示法が昨年10月の施行時のまま、しかもEU側の要求するように完全施行されるならば、(実際政府の姿勢ではそんな感じです)日本中でワイン用ぶどう苗木を植える運動が盛んになるのは必然なのです。何故なら、正しいワインは新鮮なワイン用ぶどうからしか作れないし、そのぶどうが現在国内にはほんの僅かしか植えられていないのですから。
 39年前ドイツ留学より帰国した私は、「今浦島」よろしく自分がドイツで学んできた事と我が国の実態とのギャップに悩み、あきれ、諦めかけていましたので、今回の新法施行は丸で夢のようです。正直、今だに現実感が全然湧いてきません。
 面白いことに、最近小さなワイナリーほど本物という現象が起きている感じですが、厳密にはそれもちょっと違うと思います。大きくてかなり怪しいワイナリーのアンチテーゼとして極く小さくて、完全無農薬という謳い文句のワイナリーがあります。ところが、今回の法律完全施行で怪しいワイナリーが今後消えたとします。そうすると極小・無農薬系は今迄とは異なった厳しい眼に晒されることになります。言っていることは本当なのか。農薬・化学肥料・酸化防止剤は一切使用せず、天然酵母のみで作るワイン。私の試算では物凄く手間と時間のかかる、しかも雑菌が多くて酸化臭の強い超高価なワインとなりそうですが、実際はそうでもない。微妙に相手側の留意点をずらす手法で、変な例えかも知れませんが最近流行の東大大学院終了の経歴と似ています。4年制の東大を出た後その中の更に優秀な人々が東大大学院に進んでいるように偽装している(と言っては身も蓋もないので「錯覚させている」かな)のと同様に、無農薬・有機肥料のみ使用で、しかも醸造過程では酸化防止剤を用いない、そんな崇高なるワインは当然清潔で酸化も極力防止出来る最新の密閉型のステンレスタンクで作られているのかと思いきやそれが違う。要するに労力も投資もきちんと出来ないからそう言っているだけで、実は不潔なしかもお粗末な容器、機械でワイン作りをしているのが現実、といった具合にです。別の論理を持ち込んで本質をぼかす例の手法です。
 新たな混迷の時代の始まり、と私が申しますのは、今度はそんな選り分けがこれから始まる、という意味なのです。